世界の子どもの歯科事情⑨

こんにちは!宇都宮市みろ歯科受付鈴木です。

季節も暑さをまし、早く涼しくなってくれることをいのるばかりです。

先日、クッキーを焼きました。先生やスタッフに好評だったので、また新たに挑戦したいなと思います。

今回も世界の歯科事情の紹介です。今回はネパールの歯科事情についてお話していきたいと思います。

〇ネパールってどんな国?

 正式名:ネパール連邦民主共和国

 首都:カトマンズ

 国土:147.181

 人口:2.649万人(2011年、人口調査)

 1人当たりGDP834ドル

  ネパールは、中国とインド両国に挟まれた面積147.000㎢(北海道の約1.8倍)、人口2.649万人のちいさな内陸国です。南部の平原地域、中央の丘陵地帯、北部の高原地域の3つの地域に分かれています。近年まで立憲君主国でしたが、2006年に民主化運動が起こり、2008年に王制が廃止されて連邦民主共和国となりました。2015年には新憲法が公布され、7州による連邦制国家としての体制が整いました。

 人口構成は0~14歳の年少人口が30.2%、15~64歳の生産年齢人口が64.6%、65歳以上の老年人口が5.2%と日本と比較すると子どもが非常に多く、 高齢者が少ない国です。平均寿命は男性70.4歳、女性71.6歳、計71.0歳です。

100以上の民族が居住しており、公用語はネパール語ですが、実際には90以上の言語が使用されています。また、宗教もヒンズー教(81%)、仏教(9%)、イスラム教(4%)、キリスト教(1%)、その他(5%)と民族的にも文化的にも多様性のある国家です。ネパールにおける1人あたりのGDPは約834ドルで、世界の中でも最貧国の一つです。産業は農業やサービス業(観光・登山など)が中心ですが、GDPの約30%を海外で働く出稼ぎ労働者からの送金が占めています。国民の1/4が1日1ドル以下で生活する貧困層ですが、首都カトマンズの中心部ではお金さえあれば欲しいものは何でも入手でき、貧富の格差が拡大しています。都市部においてもインフラ整備が遅れていて、道路は舗装されておらずデコボコです。また、電気の普及率は76%ですが、停電が多いため人々は灯油や太陽光充電式ランプを使用しており、炊事には薪を使用しています。カトマンズ市内には信号が設置されていましたが、電気がつかないため使用されることはなく、2017年にすべて撤去されました。現在、大気汚染が進んでおり、市街から美しい山々を見ることができなくなってしまいました。

〇ネパールの食文化

 「一日二食+お茶とお菓子」がネパール人の基本的な食事スタイルです。料理は豆汁、ごはん、おかず(野菜が主)、漬物からなるカレー味ベースの食事が多く、ニンニク、玉葱、トマトなどの野菜を良く使用します。しかし、約10年前から、中国やインドからの輸入品を販売する小売店やスーパーマーケットなどが開店し、現在は輸入食品がカトマンズの街に溢れています。そのため、これまでのしっかり咀嚼しないと食べられない野菜主体の伝統的な食生活は、炭水化物を主体とした柔らかい食事に変化しています。

 また、水道施設が整備されていないため、糖分の多い清涼飲料水で水分摂取する子どもが増えてしまいました。保育園や学校では10時ごろの休み時間には、子どもが市販のお菓子を購入して食べています。ネパールでは、このような急激な食生活の変化がみられるようになり、子どもの身体や口腔の健康への影響が危惧されています。

〇ネパールの保健医療制度

  乳児死亡率(出生千対)は、日本では1940年は90、1960年は30でしたが、1990年は5に、2016年は2へと減少しました。ネパールにおける乳児死亡率(出生千対)は、1990年は98と高かったのですが、海外からの支援により2016年には29まで減らすことができました。しかし、下痢症の疾患(寄生虫感染、最近・ウイルス感染)や急性呼吸器感染症の羅患が多く、また、夏季にはマラリア、髄膜炎、脳炎などがみられ、今後、さらに乳児死亡率を減少させるのは難しいと考えられています。その理由としては健康教育が十分行われていないこと、医療機関が不足していること、そして貧困が挙げられています。

 医療施設としてはカトマンズの中央病院を中心に11地区に地区病院、64県に地区病院、ヘルスポストセンターが設置されています。これとは別に、伝統医学を提供するアユルヴェーダー病院が2か所、アユルヴェーダー診療所が140か所配置されています。首都カトマンズには、中央病院の他トリプトパン大学教育病院(日本の協力によって設立された唯一の国立病院大学医学部付属病院)を含め、病院が4つあり、ナーシングホームと呼ばれる民間のクリニックも多数あります。しかし、病院やクリニックはあまり清潔とはいえない環境での治療を行っています。また、歯科診療を行う公的な医療機関はなく、すべて民間お開業歯科医院です。小児歯科専門の診療施設はネパールにはありません。

 幼児の疾病予防のために予防接種システムはありますが、日本のようにうまく機能していないのが現状です。また、公共の救急医療システムもないので、急病に対応できず死亡率が上がります。口腔疾患に対する予防については人々の関心が低く、近年輸入した歯ブラシ(1本60~170円)が販売されるようになって富裕層では歯ブラシを使用するようになりました。しかし貧困層では歯ブラシを購入できなかったり、1本の歯ブラシを家族全員で使用しています。公的医療保険制度はなく、医科も歯科も治療費は高額になるので一般の人は気軽に受診することができません。

 歯科医師はカトマンズや観光地のポカラに集中しているため、ネパール国民の歯科の需要に応えられません。そのため、カトマンズのバザールにはデンタルストリートがあり、歯科ショップといって無資格者が抜歯をしたり、入れ歯を売っている店があり、歯の神様の像も飾られています。痛みがあると、人々は歯の神様に祈りが行きます。

 カトマンズの病院には、日本、ドイツ、オーストリア、オーストラリアなどのNGO団体が口腔外科治療を提供して、先天性疾患や外傷がある者へのへの処置を行っているところもあります。ネパール国民が、日本のように誰もが容易に歯科医療を受けられるには、もう少し時間が必要だと思います。

〇歯学教育について

  1998年まではネパールには歯科に関する専門教育機関はなく、歯科医師はインドやバングラデシュなどの他の国の歯学部を卒業した人、あるいはシャーマンや資格のない人が人々の歯や口腔の問題に対処してきました。2002年では、ネパールの歯科医師は出稼ぎのインド人歯科医師を含めわずか240名でした。

 ところが、1998年~2000年の短期間に11校も大学に歯学部が設置され、毎年530名の歯科医師が養成されるようになりました。教育期間は3年間の学部教育と1年間のインターンで、計4年間です。しかし、歯学教育を行うための歯科医療機器や器材は十分でなく、水道施設も整備されていないので、十分な臨床教育は行われていません。日本のような国家試験はなく、大学を卒業すればすぐに歯科医師になることができます。残念ながら、現在の歯科医師数に関する統計報告はありません。

 歯科技工士、歯科衛生士、デンタルナース、歯科助手などを養成する公認の教育機関はありません。

〇日本のネパール歯科医療協力会の活動

  WHOの報告によると12歳児のDMFTは、2003年では日本が2.4歯、ネパールが1.1歯と低かったのですが、2014年では日本が0.8歯、ネパールが2.3歯になり、ネパールの方が高くなり、う蝕が増加していることがわかります。ネパールでは具体的な歯科保健目標を掲げたり、学校でのう蝕予防対策は実施されてきませんでした。

 1989年以降、日本のNGOであるネパール歯科医療協力会は、カトマンズ近郊の3つの村を拠点にさまざまな活動を実施してきました。国としての歯科口腔分野の保健医療統計や実態調査の報告はなく、歯科関連の協力者が見つからなかったので、ネパール結核予防協会をカウンターパートとして活動してきました。その活動体験の中から、乳幼児の小児の歯や口腔保健状況について紹介いたします。

 目指したのは「住民自立型のヘルスプロモーション活動」です。最初のうちは住民からの要望に応え、主に歯科治療を提供してきました。同時に地域調査を行い、住民に必要とされるものが何かを調べました。そして、地域での人材育成が重要と考え、現地の小学校の先生や地域のマザーボランティアでに対して健康教育を行い、彼らと連携して、乳幼児から学齢期の子どもを対象とした村を巡回する歯科保健活動や母子保健・学校保健活動などに取り組んできました。

 小学校では、教師が児童へ口腔清掃指導や生活習慣・食生活指導を行えるよう支援し、されに希望する学校にはフッ化物洗口を導入しました。7年間フッ化物洗口を実施した学校は非実施校より有意にDMFTが低下し、この経験によって教師らの口腔保健についての関心が高まりました。現在は、教師同士でお互いに情報交換したり、プログラムの成果をグループワークで話し合ったり、主体的な活動ができるようになりました。

 また、地域のマザーボランティアが乳幼児死亡率を抑えるための衛生教育を住民に提供できるよう支援し、彼らの活動は徐々に成果を上げています。2011年に、マザーボランティアの協力のもと、保育園の3歳児の歯科保健調査をしたところ、う蝕有病率は70%以上と高値を示しました。そこで、2013年から事前学習を積み重ねて保育園での活動を企画し、2015年から保育士やマザーボランティアと協力して媒体を使用した健康教育や食生活指導、歯ブラシを使った口腔清掃指導、手洗いの実施など、園児を対象とした健康を維持するための啓発活動を実施するようになりました。

 小学校において児童の健康調査を企画しても、欠席者が多く登校する子どもが毎日違うので、全体の口腔保健状態を正確には把握できません。2007年までは歯垢や歯石の付着物が目立ち、う蝕は少なかったのですが、最近ではう蝕が以前よりも増加しているのは明らかです。また、乳幼児が多くのう蝕を有していても、保護者や保育士の多くは、乳歯は生え換わるので歯科治療は必要ないと考えているのが現状です。しかし、マザーボランティアとして活動してきた住民は、ネパールには歯科治療を受けたくても小児歯科医院がないので、う蝕予防の啓発活動をもっと積極的に実施していく必要性に気付いています。

〇まとめ

  自然環境が厳しく、経済的に恵まれず、医療従事者や医療施設の数が十分でないネパールでは、近年グローバル化の波が押し寄せ、生活や食文化が急激に変化しています。それに伴って、小児のう蝕は急激に増加し、低年齢化・重症化しています。しかし、一部の地域では、キーパーソンとなる教員、保育士、マザーボランティアが歯科保健の重要性に気づいて活動を開始しています。今後、ネパールの小児の口腔保健状態は少しずつ改善していくと思います。