世界の子どもの歯科事情⑥-2

今回もタイの歯科事情についてお話していきたいと思います。

〇タイの医療制度

 タイには大きく分けて3つの医療制度があり、国民はそのどれかに加入しています。公務員を対象とした保険、勤労者を対象とした医療保険、この2つの保険に加入できない低所得者や障がい者など恵まれない人々を主な対象としたUniversal coverageシステムとして知られている保険です。

 このような公的保険の給付対象外となる歯科治療を希望する場合には、民間の医療保険に加入することもできます。タイでは民間保険の加入者は非常に少なく、直接自分で歯科治療の費用を支払う人が多いようです。

  1. 公務員を対象とした保険

 公立の病院のみ使用できます。保険給付のある歯科の治療内容は、充填処置、抜歯、口腔内の小手術、歯周治療、歯内療法、フッ化物歯面塗布、無髄歯の漂白、義歯、クラウンなどです。保険給付がないのは、シーラント、生活歯の漂白、矯正歯科、インプラントです。この保険では、患者は歯科医院での治療費を支払い、その領収書を受け取ると、あとで支払ったお金が払い戻されるシステムです。

  1. 勤労者を対象とした保険

 毎月、勤労者の給料の5%が基金に支払われています。公立の病院、開業歯科医院のどちらでも使用できます。保険給付のある内容は、充填処置、抜歯、義歯などです。この保険では、患者は歯科医院で治療費を支払い、その領収書を受け取ると、後で社会福祉事務所から補助金がでます。ただし、1回に250バーツ(約750円)までで、年2回までと回数に制限があります。義歯の場合には5歯未満の義歯では1.200バーツ(約3.600円)、5歯以上の義歯では1.400バーツ(約4.200円)の補助金が支払われます。

3.Universal coverageシステムの保険

 これは、保険加入者が最も多く、タイの人口の半数以上をカバーしています。公立の病院でのみ使用できます。治療を受けるたびに、患者は窓口で30バーツ(約90円)の料金を支払うだけで、基本的な歯科治療を受けられます。保険で受けられる治療内容は、シーラント(15歳以下)、アマルガム充填、レジン充填、抜歯、歯石除去、レジン床義歯(5年に1回)です。

 

〇公的な歯科保健事業

  1. 妊婦と乳幼児対象のオーラルヘルスプロモーションプログラム

妊婦は歯周疾患検査と口腔清掃指導に加えて、ユニバーサルヘルスケアに基づく給付内容に従って、必要とされる歯科治療を受けることができます。これらのサービスは妊産婦検診クリニックにおいて行われます。

 タイでは、乳歯のう蝕有病率が高く保護者の乳歯の健康管理の重要性も対する認識が低いので、“Good teeth begins at first teeth”というキャンペーン活動を実施しています。このキャンペーンは、政府(保健省)、国民医療保障事務局、タイ保険振興財団と共同で行われており、乳歯の健康管理への意識を高めるために、テレビや新聞などさまざまな媒体を通して、社会的な関心を高める啓発活動を行っています。

 0~2歳までの乳幼児へのオーラルヘルスプロモーション活動はWell Baby小児クリニックで行われます。予防接種を受けた子どもは、継続的なケアとサービスの計画とともに初期う蝕を早期発見するために歯科健康診断を受けます。保護者は子どもに対して適切な歯磨きが出来るように口腔清掃指導を受けます。ホワイトスポットなどの初期病変が認められた子どもは、フッ化物歯面塗布を受けることができます。3歳まで経過観察を行います。

 3~5歳の未就学児対象のオーラルヘルスプロモーションプログラムは、幼稚園や保育園においてほかのヘルスプロモーションプログラムと一緒に行われます。このサービスには、昼食後の歯磨き、シュガーコントロール、歯科医師やデンタルナースによる年2回の歯科健康診断が含まれます。

  1. ヘルスボランティアによる地域保健活動

 タイには地域単位で活動しているヘルスボランティアがいます。ヘルスボランティアは、地域住民の中から選ばれ、保健省や地域の保健局が提供するトレーニングプログラムに参加して、ヘルスケアの基本を学んだボランティアの人たちです。現在、全国に約98万人のヘルスボランティアがいて、各村には平均10~20名がいます。ヘルスボランティアは地域保健活動を推進していく上で重要な役割を果たし、健康情報を住民にも伝え、専門家と一緒に公衆衛生活動を行い、また、住民との調整役として働きます。

 歯科に関しては、地域の保健相談所でう蝕リスクは高い子どもに指導を行ったり、フッ化物配合歯磨剤を使用して歯磨きをする方法を保護者に教えたりしています。ヘルスボランティアの業務範囲は広く、歯科以外にも栄養指導、健康教育、簡単な治療、必要な医薬品の提供、食品衛生と安全な水の供給、妊婦と子どもの健康と家族計画、伝染病のコントロールと予防、予防接種の普及、精神衛生の推進、環境衛生の推進、消費者の保護、災害予防、非感染症の疾患の予防とコントロールAIDS対策など、幅広く活動しています。

  1. 学校におけるオーラスヘルスプロモーションプログラム

 タイでは、学校におけるオーラルヘルスプロモーションと予防プログラムは、30年以上にわたって実施されてきました。最初の10年間(1977~1987)は、デンタルナースによる歯科治療の提供に焦点が置かれました。地域のデンタルナースだけでは数が足りないので、歯科学生も臨床実習の一環として学校での子どもの歯科治療プログラムに参加しています。次の10年間(1988~1998)はブラッシング技術の向上に加えて、利用可能なデータを使用して学校単位での口腔保健活動の取り組みを学校独自の努力によって行いました。さらに次の10年から現在までは、「タイの児童生徒の保健活動の改善を目指したHealth promoting school」という枠組みのもとで、歯磨き、適切な食生活、子どものヘルスリテラシーの向上に関するプログラムが実施されてきました。それらは昼食後のフッ化物歯磨剤を用いた歯磨き、学校における食環境の管理、そして、カリキュラムに基づく口腔健康教育の組織化の3つです。

 また、子どもたちの口腔保健のモデル校となる優秀な学校がホスト校として、教師、保護者、児童生徒、地域社会と連携して周辺の学校の口腔保健が向上するように助言したり、支援したりしています毎年、開発した学習教材や成功経験を学校間のネットワークの場で紹介し、共有しています。

 民間企業と連携した学校歯科保健プログラムもあり、たとえばColgate-Palmoliveの協力のもとで、“Bright Smile Bright Future”プロジェクトが小学校などで実施されています。活動には必要な歯ブラシや歯磨剤などは企業によって提供されています。

 タイの保健省と保険振興財団は、糖尿病やう蝕の原因となる砂糖の消費量を少なくするために、“Sweet Enough”キャンペーンをメディアなどの活用して実施しています。また、教育省は地域の教育委員会と協力して、学校での“No-Soda School”のキャンペーンを行っており、学校内での炭酸飲料、甘味飲料、甘いお菓子などを販売するのを中止するよう推奨しています。しかし、現実には学校内で禁止しても、学校の門の外には甘いお菓子を売るお店や屋台がたくさんあり、子どもが自由に購入できる環境にあります。砂糖だけでなく、給食や毎日の食事を含めた食生活に関する指導を、子どもと保護者に実施していくことが必要と考えられています。

(次回へ続く)